青い空、白い雲、小さな村、小さな家、小さな部屋、小さなベッド。
白い毛布の上には狸が丸くなって眠っていた。
その茶色と黒色の毛皮にそっと触れる手の暖かさに狸は目を覚ます。
続いて持ち上げられたかと思うと、突然抱きしめられたので、狸は苦しそうにぐぅと鳴いて手足をばたつかせた。
ぽたりと冷たい粒が鼻先に落ちてきて、狸が顔を上げると抱きしめている女の子が泣いていた。
「夢にハクが出てきたわ」
女の子は鼻がくっつきそうな距離でハクと呼んだ狸の真っ黒い目を見つめた。
「良く覚えてないけど、私ハクとお話したわ」
女の子は赤く腫らした目を少し吊り上げて言った。
「でもハクったらひどいのよ。私にイジワルばっかりするの」
また女の子が手に力を込めたのでハクはまた暴れたけど、女の子は逃がしてはくれなかった。
そのとき扉の方でガチャンと大きな音がしたので女の子もハクも同時にそっちを見ると、女の子のお母さんがひどく驚いた顔をして立っていた。足元にコップの乗ったお盆が転がって床を濡らしてしまっていた。
そして不思議そうに見ていた女の子を抱きしめると泣き出してしまった。
女の子がびっくりした隙に狸はするりと手を抜けて開いた扉へ一目散に逃げていった。
ぱたん
レッドヘリングはそこまで読むと本を閉じた。
題名も、模様もない黒い皮の表紙を、綴られた物語を懐かしむように一度撫ぜ、本棚に戻した。
-fin-
16の夜
16の夜
ハクは一人で森を駆けていた。
しかし彼の思いとは裏腹に、森の木立はハクの行く道を塞ぎ、下草はその足を捕まえて思うように進ませない。
いつまで経っても姿を見せないフロルが気になって部屋を覗いたのが次の日のお昼頃だった。
部屋のどこを見てみてもフロルの姿は見当たらなかった。
ハクはどうやって抜け出したのだろうとも、いつ抜け出したのだろうとも、どうやって出て行ったのだろうとも思わなかった。
もぬけの空の部屋を見た瞬間にハクは自分の弓一つもって城を飛び出していた。
木が道を塞ぎ、葉が視界と光を奪い、根が足を取り、ハクの行く道を阻んだ。
それでもハクは走り続けた。刃のように伸びてくる枝が肌を傷つけたがハクは構わなかった。
木々の間をすり抜けて、草むらを潜り、根っこを飛び越えて、
いったいどれくらい走ったのだろうか。
立ち止まった途端に溜まってた濁った空気が吐き出されて、心臓がバクバクいいだして苦しくなった。
あちこち擦り切れてて体中が痛い。左腕からは少し血が流れていた。
でも目的の場所はもう目の前だった。
大きな石を蹴って坂道を駆け上がると視界が開けて、眩しい光に目が眩んだ。
〜〜〜〜1/28更新〜〜〜〜
森をまーるく切り取ったような場所だった。
丸く切りとった森の代わりに空を映した湖面が満々と水を湛えていた。
そこは昨夜フロルと来た場所だった。
近くに小さな橋があってその先、湖の真ん中には緑色の小さな島があった。そしてその上にはぼんやりと座る一人の少女。
「フロル」
それほど大きな声ではなかったが、音一つない森のなかでハクの声は波紋のように広がって浮島の少女を振り返らせた。
「ハク」
そう言ったフロルの声に微かに緊張と怯えが混じっていたことがハクは少し悲しかった。
「来ないで」
ハクが橋に近づこうとするとフロルが小さく、冷たくそう言った。
途端、小島を繋いでいた橋がばらばらと音を立てて崩れ落ちた。
「・・・だめだよ」
残骸になって湖に浮かぶ橋の欠片を見ながらハクは悲しそうに言った。
「こんなの違うよ」
水面を見つめながらフロルは言った。
「あたしね、走っても胸が苦しくならなかったの。
お薬も飲まなくていいの。
好きなものも、なんでも食べていいの。
ここならあたしも皆とおんなじことができるのよ」
フロルが立ち上がりハクを見た。
「ここならハクともお話ができるのに・・・」
こんどはフロルが悲しそうな顔をした。
「なんでハクはそんなことばっかり言うの。
あたしのことが嫌いになっちゃったの?」
「そんなことない!」
ハクが大きな声で首を振る。
「でも、でもここは、僕たちには居心地が良すぎるんだ・・・・」
「え?」
「それじゃダメなんだ。もっと、嫌なものも見なくちゃいけないんだ」
ハクは自分で言いながら、なぜこんなことを僕は言っているんだろう?と思った。考えるよりも先に、胸の中にあった不安定で言葉にできないもやもやが勝手に形造って口から飛び出していくようだった。
「これから出会うたくさんのことを好きになる為に、いつか出会う誰にも渡したくない本当に大切なものの為に、たくさんのことを嫌いにならなくちゃいけないんだ!」
湖の舞台の上でハクは憑かれたように喋り続ける。
「ここは優しすぎるんだ。ここには皆が目を背けたくなるようなものは何もないから、本当に好きなことも教えてくれないんだ」
「それでもいい!!」
我慢できなくなったようにフロルが叫んだ。
「私にはこの世界があればいい!!」
その言葉にハクは悲しそうな、寂しそうな、または申し訳なさそうな、ひどく複雑な表情を浮かべてぎゅっと目を閉じた。
そして目を開く。
「こんな世界は嘘なんだ!!!」
ハクが叫んだ。
そして背負っていた弓を左手に持ち、矢を持たずにゆっくりと弓を引いた。
いや、ハクの両手の間には青白く輝く矢がつがえられていた。
一瞬の空白→放たれる幻想の矢(ファンタズミックアロー)
ひどく甲高い音がして、矢はフロルとハクの丁度真ん中、湖の上で止まっていた。
しかし、良く見ればそれは止まっているのではなく、突き刺さっていた事が分かっただろう。
きん・・・きし・・・
小さな音を立てて、矢を中心にくもの巣のように細い細い糸のようなものが広がっていった。
それは ひび だった。
世界にひびが入っていた。
ひびはどんどん広がって、あっという間に青い空を真っ白に曇らせてしまった。
がちゃん
そしてついに世界が剥がれ落ちる。フロルという名の少女の紡いだ物語が崩れていく。
積み木が崩れるように、崩壊は一瞬だった。メッキが剥がれるように、がらがらと少女の世界が剥がれ落ち、本当の世界が姿を現す。
やがて静かになり、ハクはゆっくりと目を開けると、風景が一変していた。どこを見ても湖はおろか、水溜り一つ見当たらず、一面のススキ野が広がっていた。青空は真っ黒に塗りつぶされ、僅かに欠けた十六夜目の月がぽっかりと浮かんでいた。
そして静かに横切っていく風に混じるのは・・・・しゃっくり混じりの小さな泣き声だった。
「ごめんね・・・・・」
ススキ野に分け入りハクはそう言った。
それでも泣き声は止まない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
小さな話し声が聞こえて、泣き声はすすり泣きに変わり、やがてそれも聞こえなくなった。
じっと枯れ木のように立ち、仮面の男はその様子を見ていたが、
「迷惑な話だ」
と、不愉快そうに呟くとローブをひるがえし、風とススキ野の中に溶け込むように姿を消した。
(エピローグ)
しかし彼の思いとは裏腹に、森の木立はハクの行く道を塞ぎ、下草はその足を捕まえて思うように進ませない。
いつまで経っても姿を見せないフロルが気になって部屋を覗いたのが次の日のお昼頃だった。
部屋のどこを見てみてもフロルの姿は見当たらなかった。
ハクはどうやって抜け出したのだろうとも、いつ抜け出したのだろうとも、どうやって出て行ったのだろうとも思わなかった。
もぬけの空の部屋を見た瞬間にハクは自分の弓一つもって城を飛び出していた。
木が道を塞ぎ、葉が視界と光を奪い、根が足を取り、ハクの行く道を阻んだ。
それでもハクは走り続けた。刃のように伸びてくる枝が肌を傷つけたがハクは構わなかった。
木々の間をすり抜けて、草むらを潜り、根っこを飛び越えて、
いったいどれくらい走ったのだろうか。
立ち止まった途端に溜まってた濁った空気が吐き出されて、心臓がバクバクいいだして苦しくなった。
あちこち擦り切れてて体中が痛い。左腕からは少し血が流れていた。
でも目的の場所はもう目の前だった。
大きな石を蹴って坂道を駆け上がると視界が開けて、眩しい光に目が眩んだ。
〜〜〜〜1/28更新〜〜〜〜
森をまーるく切り取ったような場所だった。
丸く切りとった森の代わりに空を映した湖面が満々と水を湛えていた。
そこは昨夜フロルと来た場所だった。
近くに小さな橋があってその先、湖の真ん中には緑色の小さな島があった。そしてその上にはぼんやりと座る一人の少女。
「フロル」
それほど大きな声ではなかったが、音一つない森のなかでハクの声は波紋のように広がって浮島の少女を振り返らせた。
「ハク」
そう言ったフロルの声に微かに緊張と怯えが混じっていたことがハクは少し悲しかった。
「来ないで」
ハクが橋に近づこうとするとフロルが小さく、冷たくそう言った。
途端、小島を繋いでいた橋がばらばらと音を立てて崩れ落ちた。
「・・・だめだよ」
残骸になって湖に浮かぶ橋の欠片を見ながらハクは悲しそうに言った。
「こんなの違うよ」
水面を見つめながらフロルは言った。
「あたしね、走っても胸が苦しくならなかったの。
お薬も飲まなくていいの。
好きなものも、なんでも食べていいの。
ここならあたしも皆とおんなじことができるのよ」
フロルが立ち上がりハクを見た。
「ここならハクともお話ができるのに・・・」
こんどはフロルが悲しそうな顔をした。
「なんでハクはそんなことばっかり言うの。
あたしのことが嫌いになっちゃったの?」
「そんなことない!」
ハクが大きな声で首を振る。
「でも、でもここは、僕たちには居心地が良すぎるんだ・・・・」
「え?」
「それじゃダメなんだ。もっと、嫌なものも見なくちゃいけないんだ」
ハクは自分で言いながら、なぜこんなことを僕は言っているんだろう?と思った。考えるよりも先に、胸の中にあった不安定で言葉にできないもやもやが勝手に形造って口から飛び出していくようだった。
「これから出会うたくさんのことを好きになる為に、いつか出会う誰にも渡したくない本当に大切なものの為に、たくさんのことを嫌いにならなくちゃいけないんだ!」
湖の舞台の上でハクは憑かれたように喋り続ける。
「ここは優しすぎるんだ。ここには皆が目を背けたくなるようなものは何もないから、本当に好きなことも教えてくれないんだ」
「それでもいい!!」
我慢できなくなったようにフロルが叫んだ。
「私にはこの世界があればいい!!」
その言葉にハクは悲しそうな、寂しそうな、または申し訳なさそうな、ひどく複雑な表情を浮かべてぎゅっと目を閉じた。
そして目を開く。
「こんな世界は嘘なんだ!!!」
ハクが叫んだ。
そして背負っていた弓を左手に持ち、矢を持たずにゆっくりと弓を引いた。
いや、ハクの両手の間には青白く輝く矢がつがえられていた。
一瞬の空白→放たれる幻想の矢(ファンタズミックアロー)
ひどく甲高い音がして、矢はフロルとハクの丁度真ん中、湖の上で止まっていた。
しかし、良く見ればそれは止まっているのではなく、突き刺さっていた事が分かっただろう。
きん・・・きし・・・
小さな音を立てて、矢を中心にくもの巣のように細い細い糸のようなものが広がっていった。
それは ひび だった。
世界にひびが入っていた。
ひびはどんどん広がって、あっという間に青い空を真っ白に曇らせてしまった。
がちゃん
そしてついに世界が剥がれ落ちる。フロルという名の少女の紡いだ物語が崩れていく。
積み木が崩れるように、崩壊は一瞬だった。メッキが剥がれるように、がらがらと少女の世界が剥がれ落ち、本当の世界が姿を現す。
やがて静かになり、ハクはゆっくりと目を開けると、風景が一変していた。どこを見ても湖はおろか、水溜り一つ見当たらず、一面のススキ野が広がっていた。青空は真っ黒に塗りつぶされ、僅かに欠けた十六夜目の月がぽっかりと浮かんでいた。
そして静かに横切っていく風に混じるのは・・・・しゃっくり混じりの小さな泣き声だった。
「ごめんね・・・・・」
ススキ野に分け入りハクはそう言った。
それでも泣き声は止まない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
小さな話し声が聞こえて、泣き声はすすり泣きに変わり、やがてそれも聞こえなくなった。
じっと枯れ木のように立ち、仮面の男はその様子を見ていたが、
「迷惑な話だ」
と、不愉快そうに呟くとローブをひるがえし、風とススキ野の中に溶け込むように姿を消した。
(エピローグ)
16の夜
セリスが部屋を出るとレッドヘリングが柱のように立っていた。
「あら、立ち聞きなんてあんたらしくないわね。そんなに気になった?」
セリスはハクの部屋の扉を閉めるとレッドヘリングが口を開く。
「どういうつもりだ?」
からかうようなセリスの言葉にレッドヘリングは苛立たしげに言った。
「どうって?」
「私にはお前がフロルを擁護しているように聞こえたが。本当に終わらせる気はあるのか?」
恫喝するような仮面の男の言葉を聞いてもセリスは全く動じない。むしろ笑みすら浮かべていた。
「今のあんた言っても怖くもなんともないわよ」
「・・・・」
小さな舌打ち。
「物語なんて、あんたが思っているほど万能じゃないのよ?」
「なんだと?」
「どんなに強く願っても、願ったことをただ叶えてくれるほど物語は優しくないわ」
レッドヘリングが苛立たしげに壁を叩く。
「ならばどうする。我々に何ができる」
「別に何も。ただ囁けばいいの」
「囁く?」
「フロルの紡ぐこの物語は、あの子の願いが無意識的に終わりから目を背けさせているから途中で止まってしまっているんだわ」
レッドヘリングの表情を楽しむように眺めながらセリスは言葉を重ねる。
「だけど物語はそんなことは許さない。フロルの望みに従ってハクは来たわ。ハクはフロルとの触れ合いの中で人間の狩人になってしまったけど、あの子はまだ獣をやめてはいないわ。この物語の不自然さにあの子は気付いてるもの、少し忘れているみたいだけどね」
「・・・・・」
「だから教えてあげたわ。弓の引き方と的を」
「後は放つだけだわ」
「放たれた矢はもう誰にも止められないわ」
「どんなに願っても、ね」
(十六夜)ハクの物語(1/27更新(書き途中)
「あら、立ち聞きなんてあんたらしくないわね。そんなに気になった?」
セリスはハクの部屋の扉を閉めるとレッドヘリングが口を開く。
「どういうつもりだ?」
からかうようなセリスの言葉にレッドヘリングは苛立たしげに言った。
「どうって?」
「私にはお前がフロルを擁護しているように聞こえたが。本当に終わらせる気はあるのか?」
恫喝するような仮面の男の言葉を聞いてもセリスは全く動じない。むしろ笑みすら浮かべていた。
「今のあんた言っても怖くもなんともないわよ」
「・・・・」
小さな舌打ち。
「物語なんて、あんたが思っているほど万能じゃないのよ?」
「なんだと?」
「どんなに強く願っても、願ったことをただ叶えてくれるほど物語は優しくないわ」
レッドヘリングが苛立たしげに壁を叩く。
「ならばどうする。我々に何ができる」
「別に何も。ただ囁けばいいの」
「囁く?」
「フロルの紡ぐこの物語は、あの子の願いが無意識的に終わりから目を背けさせているから途中で止まってしまっているんだわ」
レッドヘリングの表情を楽しむように眺めながらセリスは言葉を重ねる。
「だけど物語はそんなことは許さない。フロルの望みに従ってハクは来たわ。ハクはフロルとの触れ合いの中で人間の狩人になってしまったけど、あの子はまだ獣をやめてはいないわ。この物語の不自然さにあの子は気付いてるもの、少し忘れているみたいだけどね」
「・・・・・」
「だから教えてあげたわ。弓の引き方と的を」
「後は放つだけだわ」
「放たれた矢はもう誰にも止められないわ」
「どんなに願っても、ね」
(十六夜)ハクの物語(1/27更新(書き途中)
16の夜
ハクはうつ伏せになって枕に顔を埋めてぐったりしていた。
「なにはともあれ、無事でなによりだな」
ハクの傍で棒のように立っていたレッドヘリングがやれやれと言ったふうに口を開いた。
「全っ然無事じゃないよ!」
ハクががばっと起き上がると自分の耳を指差した。
「死に物狂いで帰ってきたらフロルは部屋でグーグー寝てるし、
見てよ!変な緑色のトカゲに食べられそうになったんだよ!」
指差さしたハクの頭の上の三角形の左耳がちょっと千切れていたのを見てレッドヘリングは感嘆の声を上げる。
「ほー、良い歯型だな、さぞかし健康なプティットだったのだろうな」
「ちがうよ!そんなことじゃないよ!」
ハクが喚いていたが、そのとき扉を叩く音が聞こえたのでレッドヘリングは無視して扉に顔を向けた。
「死にそうだっていうから来てみたら全然じゃない」
扉に立ったセリスはハクを見てつまらなそうに言った。
セリスはちらりと目配せするとレッドヘリングは黙って小さく頷いてするりと部屋を出て行った。
セリスは近くの椅子を引き寄せてハクの傍に腰掛けた。そしてハクを見て意地悪そうに笑った。
「聞いたわよ、ケンカしたんだって?」
セリスの言葉にハクはむー、と視線を逸らす。
「でも彼女の言う通りじゃなくて?」
「え?」
セリスが言った言葉の意味が解らなくてハクは目を丸くする。
「あの子はここが気に入っているじゃない。連れて帰る必要なんて無いんじゃなくて?」
「そうなんだけど・・・・・」
ハクは頭を抱えてむー、と唸って
「僕たち・・・ここに居ちゃいけない気がするんだ」
と、よく分からない事を言った。
しかしセリスは笑うでも切って捨てるでもなく、ハクを見て言った。
「だけどここにはあの子の望んだ全部あるわ。悪いことなんて何もなくてよ?」
ハクはセリスから視線を離せないまま、何かを喋ろうと口をもごもごしていた。
「うー、でも・・・・」
「でも、なのよね」
セリスが小さく笑みを浮かべる。
「え?」
「でも、それは悪いことなのかもしれないわね」
ぽかんとしているハクを尻目にセリスは壁の時計を見て「もうお昼だわ」と言って出て行ってしまった。
「えーと・・・・・?」
一人っきりになった部屋でハクはセリスの消えた扉を呆然と眺めていた。
〜〜〜〜
(十五夜)世界の壊しかた(1/25更新)
「なにはともあれ、無事でなによりだな」
ハクの傍で棒のように立っていたレッドヘリングがやれやれと言ったふうに口を開いた。
「全っ然無事じゃないよ!」
ハクががばっと起き上がると自分の耳を指差した。
「死に物狂いで帰ってきたらフロルは部屋でグーグー寝てるし、
見てよ!変な緑色のトカゲに食べられそうになったんだよ!」
指差さしたハクの頭の上の三角形の左耳がちょっと千切れていたのを見てレッドヘリングは感嘆の声を上げる。
「ほー、良い歯型だな、さぞかし健康なプティットだったのだろうな」
「ちがうよ!そんなことじゃないよ!」
ハクが喚いていたが、そのとき扉を叩く音が聞こえたのでレッドヘリングは無視して扉に顔を向けた。
「死にそうだっていうから来てみたら全然じゃない」
扉に立ったセリスはハクを見てつまらなそうに言った。
セリスはちらりと目配せするとレッドヘリングは黙って小さく頷いてするりと部屋を出て行った。
セリスは近くの椅子を引き寄せてハクの傍に腰掛けた。そしてハクを見て意地悪そうに笑った。
「聞いたわよ、ケンカしたんだって?」
セリスの言葉にハクはむー、と視線を逸らす。
「でも彼女の言う通りじゃなくて?」
「え?」
セリスが言った言葉の意味が解らなくてハクは目を丸くする。
「あの子はここが気に入っているじゃない。連れて帰る必要なんて無いんじゃなくて?」
「そうなんだけど・・・・・」
ハクは頭を抱えてむー、と唸って
「僕たち・・・ここに居ちゃいけない気がするんだ」
と、よく分からない事を言った。
しかしセリスは笑うでも切って捨てるでもなく、ハクを見て言った。
「だけどここにはあの子の望んだ全部あるわ。悪いことなんて何もなくてよ?」
ハクはセリスから視線を離せないまま、何かを喋ろうと口をもごもごしていた。
「うー、でも・・・・」
「でも、なのよね」
セリスが小さく笑みを浮かべる。
「え?」
「でも、それは悪いことなのかもしれないわね」
ぽかんとしているハクを尻目にセリスは壁の時計を見て「もうお昼だわ」と言って出て行ってしまった。
「えーと・・・・・?」
一人っきりになった部屋でハクはセリスの消えた扉を呆然と眺めていた。
〜〜〜〜
(十五夜)世界の壊しかた(1/25更新)
16の夜
それからフロルとハクは花を摘んだり、木の実を採ったりして日が暮れるまで遊んでいた。
「フロル、もう真っ暗だよ」
ぴょんぴょんと鹿のように森を駆けて行くフロルを慌てて追いかけながらハクは言った。
「ハク、早くーっ」
たぬきのハクには暗い森の中でも少し欠けたお月様の光だけで十分に見えたが、人間のフロルには暗すぎるはずなのに、フロルはそんなことお構い無しに凄い勢いで走っていた。
「そんなに走ったら危ないよ」
やっと立ち止まったフロルに追いついて、ハクは少し荒くなった息を整えた。
ハクはこんなに元気なフロルを初めて見たと思った。
フロルとは毎日散歩をしていたけれど、いつものんびり歩くだけだったし、こんなにはしゃいでいるのを見たのは初めてだった。
人と話すのもあんまり好きじゃなかったみたいだったので、いつも伏目がちで気まずそうにしているフロルを見上げていたのを覚えている。
「あれ?」
そこでフロルを見て首をひねる。
ハクはフロルよりも頭一つ分は大きい。
それなのにどうしてフロルを見上げていたんだっけ?と思った。
「ハク、見て」
しかしフロルの大声があっという間にハクの頭の中を埋め尽くしてしまったのでハクは、はっとなってフロルを見て、フロルの見ている方をみた。
「あ・・・・・」
「すごいでしょ?」
フロルが両手を広げて自慢げに言った。
それは確かに凄い光景だった。
フロルの立っている場所は森の切れ目で、彼女の背後には大きな沼か、池が広がっていた。風一つない真っ黒な水面は黒い鏡みたいに夜空の星まで映していてきらきら輝いていて、真ん中に少し欠けた月が黄色くぽっかりと浮かんでいた。
まるで星空の上に立っているようだとハクは思った。
その幻想的な光景にハクは息をするのも忘れて星の海を見ていた。
「きれいだ」
「私の一番のお気に入りよ」
思わず呟いてしまうほどにきれいな光景だった。
でも・・・・
僕はこの風景を知っていた。
そういえば、あの時もフロルは同じことを言っていたのを僕は思い出した。
あれは確か、フロルの大好きで何度も読んでもらっていた絵本で、自分で読めるようになってからはフロルが何度も何度も、僕が暗記してしまうくらい読んで聞かせられたんだ。
これはあの時の絵本の風景にそっくりだった。
僕は急に寒気に襲われて、ぶるっと身体を震わせた。
「フロル」
フロルは吸い寄せられるようにじっと星の海を見つめていた。
「もう帰ろう?」
ただそれだけの言葉にフロルは敏感に反応して僕を見た。
「なんで?」
フロルの短い言葉は、冷たくて厳しくて、それなのにやけに悲しそうで、僕はどうしていいのか何を言ったらいいのか判らなくなってしまった。
夜の森はとても危なくて、ハクの言った言葉自体はごく当たり前なことなはずだった。
それなのに、ハクはフロルの言葉にひどく狼狽していた。
「だ、だってほら、皆心配してるだろうし・・・・」
言いながらそんな事を言いたいんじゃないと思ったが何を言おうとしたのか、まるで思い出せなかった。
「なんで?なんでそんなこと言うの」
「僕たち、ここに居ちゃダメなんだ。僕たちはもう帰らなきゃいけない・・・そんな気がするんだ」
フロルは何も言わなかった。代わりに、くしゃと顔を歪めてハクの脇を通り過ぎる。
「フロル!」
僕は慌てて振り返って手を伸ばしたけれど、フロルは風のように真っ暗な森の闇に溶けるように消えていってしまった。
一人取り残されたハクはやるせない気持ちでフロルの消えた森を見つめていたが、やがて自分が見知らぬ森に取り残されてしまったことに気が付いた。
(どうやって帰ろう・・・・・)
(十四話)でも・・・だからこそ・・・(1/24更新。もうちょっと書き足そうかなー?次行こうかなー?考え中(==;)
「フロル、もう真っ暗だよ」
ぴょんぴょんと鹿のように森を駆けて行くフロルを慌てて追いかけながらハクは言った。
「ハク、早くーっ」
たぬきのハクには暗い森の中でも少し欠けたお月様の光だけで十分に見えたが、人間のフロルには暗すぎるはずなのに、フロルはそんなことお構い無しに凄い勢いで走っていた。
「そんなに走ったら危ないよ」
やっと立ち止まったフロルに追いついて、ハクは少し荒くなった息を整えた。
ハクはこんなに元気なフロルを初めて見たと思った。
フロルとは毎日散歩をしていたけれど、いつものんびり歩くだけだったし、こんなにはしゃいでいるのを見たのは初めてだった。
人と話すのもあんまり好きじゃなかったみたいだったので、いつも伏目がちで気まずそうにしているフロルを見上げていたのを覚えている。
「あれ?」
そこでフロルを見て首をひねる。
ハクはフロルよりも頭一つ分は大きい。
それなのにどうしてフロルを見上げていたんだっけ?と思った。
「ハク、見て」
しかしフロルの大声があっという間にハクの頭の中を埋め尽くしてしまったのでハクは、はっとなってフロルを見て、フロルの見ている方をみた。
「あ・・・・・」
「すごいでしょ?」
フロルが両手を広げて自慢げに言った。
それは確かに凄い光景だった。
フロルの立っている場所は森の切れ目で、彼女の背後には大きな沼か、池が広がっていた。風一つない真っ黒な水面は黒い鏡みたいに夜空の星まで映していてきらきら輝いていて、真ん中に少し欠けた月が黄色くぽっかりと浮かんでいた。
まるで星空の上に立っているようだとハクは思った。
その幻想的な光景にハクは息をするのも忘れて星の海を見ていた。
「きれいだ」
「私の一番のお気に入りよ」
思わず呟いてしまうほどにきれいな光景だった。
でも・・・・
僕はこの風景を知っていた。
そういえば、あの時もフロルは同じことを言っていたのを僕は思い出した。
あれは確か、フロルの大好きで何度も読んでもらっていた絵本で、自分で読めるようになってからはフロルが何度も何度も、僕が暗記してしまうくらい読んで聞かせられたんだ。
これはあの時の絵本の風景にそっくりだった。
僕は急に寒気に襲われて、ぶるっと身体を震わせた。
「フロル」
フロルは吸い寄せられるようにじっと星の海を見つめていた。
「もう帰ろう?」
ただそれだけの言葉にフロルは敏感に反応して僕を見た。
「なんで?」
フロルの短い言葉は、冷たくて厳しくて、それなのにやけに悲しそうで、僕はどうしていいのか何を言ったらいいのか判らなくなってしまった。
夜の森はとても危なくて、ハクの言った言葉自体はごく当たり前なことなはずだった。
それなのに、ハクはフロルの言葉にひどく狼狽していた。
「だ、だってほら、皆心配してるだろうし・・・・」
言いながらそんな事を言いたいんじゃないと思ったが何を言おうとしたのか、まるで思い出せなかった。
「なんで?なんでそんなこと言うの」
「僕たち、ここに居ちゃダメなんだ。僕たちはもう帰らなきゃいけない・・・そんな気がするんだ」
フロルは何も言わなかった。代わりに、くしゃと顔を歪めてハクの脇を通り過ぎる。
「フロル!」
僕は慌てて振り返って手を伸ばしたけれど、フロルは風のように真っ暗な森の闇に溶けるように消えていってしまった。
一人取り残されたハクはやるせない気持ちでフロルの消えた森を見つめていたが、やがて自分が見知らぬ森に取り残されてしまったことに気が付いた。
(どうやって帰ろう・・・・・)
(十四話)でも・・・だからこそ・・・(1/24更新。もうちょっと書き足そうかなー?次行こうかなー?考え中(==;)




