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16の夜 

ハクは一人で森を駆けていた。
 しかし彼の思いとは裏腹に、森の木立はハクの行く道を塞ぎ、下草はその足を捕まえて思うように進ませない。

 いつまで経っても姿を見せないフロルが気になって部屋を覗いたのが次の日のお昼頃だった。
 部屋のどこを見てみてもフロルの姿は見当たらなかった。
 ハクはどうやって抜け出したのだろうとも、いつ抜け出したのだろうとも、どうやって出て行ったのだろうとも思わなかった。
 もぬけの空の部屋を見た瞬間にハクは自分の弓一つもって城を飛び出していた。

 木が道を塞ぎ、葉が視界と光を奪い、根が足を取り、ハクの行く道を阻んだ。
 それでもハクは走り続けた。刃のように伸びてくる枝が肌を傷つけたがハクは構わなかった。
 木々の間をすり抜けて、草むらを潜り、根っこを飛び越えて、

 いったいどれくらい走ったのだろうか。
 立ち止まった途端に溜まってた濁った空気が吐き出されて、心臓がバクバクいいだして苦しくなった。
 あちこち擦り切れてて体中が痛い。左腕からは少し血が流れていた。
 でも目的の場所はもう目の前だった。
 大きな石を蹴って坂道を駆け上がると視界が開けて、眩しい光に目が眩んだ。

~~~~1/28更新~~~~
 森をまーるく切り取ったような場所だった。
 丸く切りとった森の代わりに空を映した湖面が満々と水を湛えていた。

 そこは昨夜フロルと来た場所だった。

 近くに小さな橋があってその先、湖の真ん中には緑色の小さな島があった。そしてその上にはぼんやりと座る一人の少女。
「フロル」
 それほど大きな声ではなかったが、音一つない森のなかでハクの声は波紋のように広がって浮島の少女を振り返らせた。
「ハク」
 そう言ったフロルの声に微かに緊張と怯えが混じっていたことがハクは少し悲しかった。
「来ないで」
 ハクが橋に近づこうとするとフロルが小さく、冷たくそう言った。
 途端、小島を繋いでいた橋がばらばらと音を立てて崩れ落ちた。
「・・・だめだよ」
 残骸になって湖に浮かぶ橋の欠片を見ながらハクは悲しそうに言った。
「こんなの違うよ」
 水面を見つめながらフロルは言った。
「あたしね、走っても胸が苦しくならなかったの。
 お薬も飲まなくていいの。
 好きなものも、なんでも食べていいの。
 ここならあたしも皆とおんなじことができるのよ」

 フロルが立ち上がりハクを見た。
「ここならハクともお話ができるのに・・・」
 こんどはフロルが悲しそうな顔をした。
「なんでハクはそんなことばっかり言うの。
 あたしのことが嫌いになっちゃったの?」
「そんなことない!」
 ハクが大きな声で首を振る。
「でも、でもここは、僕たちには居心地が良すぎるんだ・・・・」
「え?」
「それじゃダメなんだ。もっと、嫌なものも見なくちゃいけないんだ」
 ハクは自分で言いながら、なぜこんなことを僕は言っているんだろう?と思った。考えるよりも先に、胸の中にあった不安定で言葉にできないもやもやが勝手に形造って口から飛び出していくようだった。

「これから出会うたくさんのことを好きになる為に、いつか出会う誰にも渡したくない本当に大切なものの為に、たくさんのことを嫌いにならなくちゃいけないんだ!」
 
 湖の舞台の上でハクは憑かれたように喋り続ける。
「ここは優しすぎるんだ。ここには皆が目を背けたくなるようなものは何もないから、本当に好きなことも教えてくれないんだ」

「それでもいい!!」
 我慢できなくなったようにフロルが叫んだ。

「私にはこの世界があればいい!!」

 その言葉にハクは悲しそうな、寂しそうな、または申し訳なさそうな、ひどく複雑な表情を浮かべてぎゅっと目を閉じた。
 そして目を開く。

「こんな世界は嘘なんだ!!!」
 ハクが叫んだ。
 そして背負っていた弓を左手に持ち、矢を持たずにゆっくりと弓を引いた。
 いや、ハクの両手の間には青白く輝く矢がつがえられていた。
 
 一瞬の空白→放たれる幻想の矢(ファンタズミックアロー)

 ひどく甲高い音がして、矢はフロルとハクの丁度真ん中、湖の上で止まっていた。
 しかし、良く見ればそれは止まっているのではなく、突き刺さっていた事が分かっただろう。
 
きん・・・きし・・・

 小さな音を立てて、矢を中心にくもの巣のように細い細い糸のようなものが広がっていった。
 それは ひび だった。
 世界にひびが入っていた。
 ひびはどんどん広がって、あっという間に青い空を真っ白に曇らせてしまった。

がちゃん

 そしてついに世界が剥がれ落ちる。フロルという名の少女の紡いだ物語が崩れていく。
 積み木が崩れるように、崩壊は一瞬だった。メッキが剥がれるように、がらがらと少女の世界が剥がれ落ち、本当の世界が姿を現す。
 
 やがて静かになり、ハクはゆっくりと目を開けると、風景が一変していた。どこを見ても湖はおろか、水溜り一つ見当たらず、一面のススキ野が広がっていた。青空は真っ黒に塗りつぶされ、僅かに欠けた十六夜目の月がぽっかりと浮かんでいた。
 
 そして静かに横切っていく風に混じるのは・・・・しゃっくり混じりの小さな泣き声だった。

「ごめんね・・・・・」
 ススキ野に分け入りハクはそう言った。
 それでも泣き声は止まない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 小さな話し声が聞こえて、泣き声はすすり泣きに変わり、やがてそれも聞こえなくなった。

 

 じっと枯れ木のように立ち、仮面の男はその様子を見ていたが、
「迷惑な話だ」
 と、不愉快そうに呟くとローブをひるがえし、風とススキ野の中に溶け込むように姿を消した。


 (エピローグ)
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